物事をする程度の良し悪し、リスト化(随時更新)

具合が悪い今の内に、頑張って書き留めておく。

これが済んだら一旦、横になる。

 

【断わり】

「スケジュール通りに物を熟す」にしても色々あって、

確かに自分がしたいことの性質上、

日の高い内から始めて、終わらせなければならない行動というのがある。

それでも、それに着手する前にしたいことがあった時、

その瞬間の願望と堅実な計画のどちらを優先・選択するのかが、

俺の健康を維持するにあたって相当なウェイトを占めている。

それでそれをしくじってしまったから、今身体を動かすこともままならない、

文章化するのにもいつもより苦労を重ねなければいけなくなっている。

でも、今これをしておかないと、

休んでからでは何がこの話の中で最重要だったのかを忘れてしまう。

それではまた同じことを繰り返してしまうから、今やる他にないんだ。

或いはもっと別に同じ成果を得られる行為があれば、見つけることができたら、

そうし次第、その方法に切り替えていきたい。

 

 【本質】

自分がAとBという行動をしたい日があったとして。

その両方をしようと一日を始めて、Aを終え、Bに移る際には

何らかの判断材料に基づいてそうしている訳だが(誰でもある程度はそうだろう)、それが今、時間帯や疲労感を理由としてそうすることが

殆ど、全く、出来ないでいる。

区切りの良い場面か、やり遂げた達成感を得たか、である場合が多い。

事前に睡眠薬を服用していても、

その強烈な眠気を押してでもやってしまうことすらあり得る(あった)。

それでも、AとBとそのどちらがその日自分にとってより大事であるのかの

取捨選択をした上で時間を過ごしている訳なのだが、

その選択を誤ったと感じ、自責の念に苛まれることになると、その後、

例えばAをした末に具合が悪くなると、当初予定していたスケジュールに

具合が悪くなることが含まれていなかったせいで、Bに使える筈だった時間が

どんどん失われていってしまう、そしてそれを悲観してしまう、

「Aという選択に甘んじた」、「AからBに移るまでの時間が遅すぎた(※これは、具合が悪くなったことによってではなくて、Aを予定より延長して行ってしまったことに対する気持ち)」、そういう波が押し寄せてきて止まらなくなり、

丁度今みたいに無味乾燥の境地となって、途方に暮れてしまうのだ。

 

【そういう自分へのフォロー】

でも、前述の失敗というのは、

「このケースでAをやるのは初めてなんだし、やってみても良いよな?」

という判断の後に起こることで、それを選択したこと自体甘えではないし、

やってみなければ分からなかったことだ。

俺が真に繰り返していて抜け出せないことというのは、

時間や健康状態で物を切り上げられない、健康の基盤を作り上げるのに

異常な程の困難を感じてしまう、ということ。

それは服用している薬だけで、薬を処方する医師との会話だけで、

何よりも、自分一人だけの力ででは中々解決することの出来ないこと。

だから少なくとも現状では、この繰り返しに何度遭遇することがあっても、

その時には打ちのめされるとして、

尾を引くような気持ちに自らを仕向けていく必要は全くない。

この間のエントリーにも書いたように、

それは殊更に自分を石のように動けなくさせてしまうことでしかないから。

それだけは経験で学んだから。

 

【対処】

 カウンセリングが再び受けられるようになるまでは、とにかく、

こうして具合が悪くなるに至った行動自体の名前とその雑感とを

このエントリーに随時書き留め(※実行へと至った経緯は要らない)、

再びそれをしたくなった時にはここに挙げたことを

「これで自分が(そのことから得られる)一日分の満足をしようとしたなら

 〈かなり〉の時間が掛かる」と省みて、

「だから、これを本当に行動に移すとしたら、

 それだけの余裕を持って過ごせる、とある一日であるべきだ。

 ―――今日はそうだろうか?」

と、一度立ち止まって考えてみること。また、ここで重要なのが、

その行動が例え「息抜きの代替行為であったとしても」同様であること。

「疲れているから」ということで、その鬱憤が晴れると信じて遊んでみても、

その遊びへの満足度が低ければ低いほど、

その鬱憤が晴れると信じて遊び続ける時間が長引き、エネルギーが浪費され、

結果、本来その後にしたかった大切なことが出来ないまま

夜が更けてしまった、と、悪い方へ感じ入っていく。

つまりその行動は、如何にも息抜きのように見えるのにも関わらず、

自分にとっては(十分には)そう機能していない可能性があるのだ。

 

※以下、具合が悪くなるに至った行動のメモ(最終更新日:2017.6.12)※

 

ゲームをする(最初は楽しかった、すればするほどよく分からなくなって、どうしようもなくなってしまった)

⇒[2017.6.12更新] 配信しながら14時間やってみたところ、喋りながらやった方が対ボス時の心臓への負担が圧倒的に緩和されて快適にプレイできる上に、配信上で多数の人とコミュニケーションをとったことで人間関係で負った傷が癒され、数回のアプデを飛ばしてプレイしているそのブランクを直接アドバイスされたことで頭の内では埋めることが叶い、何をしていけば質・量共に愉しんでいけるのかが理解できたので全体を通して効率的にプレイを愉しむことへと繋がった(=本来自分で拾っていかなくてはならないwikipedia時間がプレイと同時に取れたことでストレスなく遊び通せた)

PSO2である程度遊び尽くすには配信出来る環境下に限る。

好意を持って接することの出来る友人と会う(心配した通りに翌日から数日は不調になり、控えていた診察にも代理として父に行ってもらうことになった)

家人と食事を共にする(喋りまくりで勝手に疲れる、相手も疲れていそうな時があるのを見る、そして家族が喋っているのを聞いているのも何だかしんどい←基本的にはいつも。)

人の声を聞く(内容が気掛かりで仕方がない時に辛い。それが疲れさせるのか、疲れているからそうなっていくのか、その両方なのか)

家人と会話する(一瞬で疲弊する。忌避すべきだと感じた)