今日、何もしていないのに焦らないで今までいられた

休憩とは、ジュースでも茶で(すら)もなく、ただの水。

潤うと元気を取り戻せるし、渇くと動けなくなってしまう。

贅沢ではない。

 

やらなくてはならないことが日々一定ではない日常に身を置いていて、
やりたいことが沢山ある者、やりたいことを新たに見つけてしまい易い者にとって、一つの物事を確と熟す行為、仕上げることは簡単ではない。

それは極々自然なことだ。
その上で、そういう自分に素直に、それらやりたいことをやっていき、

それによって自己を確立していく、愛していく道を選ぶのならば、

相応の覚悟も必要になってくる。
中でも最も大事なこと、胸に留めておくべきことは、

やりたいことが多ければ多い程、計算通りのテンポでは進めていけない、

そういう現実を蔑ろにすることなく、

寧ろ彼とは特別丁寧に付き合っていくということ。
そこで変に焦ったり、

理論性を優先したつもりで強迫質の断捨離を行なったりしてしまうと、

精一杯頑張って心身共に疲れているのに、

物事が充実しているようにまるで感じられなくなってしまう。
それはパフォーマンスの低下にも繋がりかねない、一番恐るべき悪循環。

にも関わらずあっさりと、どんなタイミングででも起こってしまう、

普遍的な現象なのではないだろうか。

 

③(②を受けて)

欲張りな自分を完成度の低さの言い訳にして、自身に言い聞かせるような〈自分への態度〉を良しとしていかない。その行動は自分を追い詰めているだけだ。

反省とは、その後をより良くしていく性質のものを言う。
確かに、あれもこれもとやったことが主な理由となって悪い結果を齎す、

そういうケースも多くある。

けれども一方で、欲張りとは色々な物に触れることなのだから、

そういう人は多感であり易く、引き出しや素材の数も少なくない。だから、

時間に向けた、完成に向けた忍耐さえ怠らなければ、

抑圧してまで矯正しなければならない個性ではあり得ない。

問題は「自分がどういう人間なのか」ではなく、

「どういう人間だから、どうするのか、どうしていくのか」だ。

もっと素直になることだ。