「作品の感想」は表立っては書かないことにした(気がする)が、

その感想に対する感想はここに書き留めておいても良いかな、と思って。

映画、シンドラーのリストに寄せられたamazonのレビューへの感想。

 

歴史問題は専門的に学ばない限り、

ペーパーテストで良い点数を取るほど、

なまじっか調べて情報量を以てして満足する傾向の強い人ほど、

一般的正解を一つ知ればスッキリして終わりに出来る人ほど

バイアスに冒されやすい分野だなと体感していて、この映画を観終えた後に

何となく厭な図式が浮かんだのでamazonのレビュー欄を訪ねた。

予想を裏切らない型に収まったレビューが多くて頭を抱えたくなった。

 

映画が謳うノンフィクションは大概フィクションなので、

僕は作品を観終えてから、もしくは鑑賞中に平行して史実・素材周りを嗅ぎ回る。

この映画、詳しい感想は前述の理由で省くが、真実味という意味で初っ端から

怪しさこの上なかったので、鑑賞時間よりも物を調べている時間の方が長かった。

その中で、少し前から言語として自覚するようになった

「確かなソースや正しい根拠など素人には選びようがない、

 それらしきものに寄っていくことは出来ても膨大な時間を要する」という言葉が

有り有りと脳味噌中央に現れて、鑑賞を終えた今でも気配が濃い。

で、正にその情報の取捨選択について、

レビュー欄のレスでやり取りが成されていた訳だ。

 

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1OIKBAPOR0XLG/ref=cm_cr_getr_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=B00GQVTVTS

 

自分の頭で~の口上を用いている人が二人いる。ぼやかせてもらうと、

他人の出した一種回答に値する情報を参照して考えることが

果たして自分の頭を使った答えとなり得るのか、そこ。

七面倒臭いことをあれこれ理論立てて書くと長くなるので省略するが、

揚げ足取りでも何でもない。素人である僕らは、

プロから提供される情報を数種類ストックしておいて、新説が目に留まったら

業界の流行りとして新たに認識する、現実に何かが覆った時には

手元にある情報と未知のそれとをかき集めて何となく再検討して、再ストック、

その繰り返ししか出来ない。自分の頭で、と口をついて出てしまうというのは、

あまりに油断が過ぎる。危険だと思う。

僕は原理とかの話題には内心とても億劫だ。色々と本気にされたくないから

へらへら喋るように心掛けているのだけど、個人的見解にじゃなくて、

そういうスタンスへの齟齬が絶えない。

壁とやってろとは言わないが、少なくとも僕は壁じゃない。

 

時折、研究サイドの人の手掛けた生物学などの新説の記述を読むことがあって、

何に一番びっくりするかって、形式張った文体を借りて

「ここがこうなら定説と辻褄が合うからそうであってほしいよね」と

真顔で願望が書き連ねられていること。専門家にもそういう人間の性に

負けて、理屈を正しいと証明しては足早に次へ移る癖の抜け切らない人が

いるのだと思うと、プロ意識にもまた正解などないのか、

はたまた単純に悪癖なのか、見過ごせない不穏な感情が起こる。

天文学に携わる人の文章ではその傾向はあまり見ない気がする。

どうして、とは思わない。これこそ素人の先入観か。

 

といったところで、ヒトラー最期の12日間の二度目の鑑賞に繋げていく。