僕は逃げてない

何かを作っている時、作ろうとして物を眺めたり休憩している時でさえ、

僕は逃げてはいないんだ。

 

何を作っているのかは重要なことじゃない。

音楽以外が不正解だなんてことは決してない。

遊びや息抜きのつもりで絵を描いている時、まるで肉食獣のように

靭やかに鋭く働いただろう、アレが何なのかは判らないが、

アレが音楽にも必要不可欠なものに違いないことは今更議論に値しない。

 

僕は音楽で遊んでいる気持ちを味わえたことは殆どない。

だから、音楽をしている時というのは辛い、

上手くいっていると感じることでさえも内心、禁じている。

でも、そこも切り替えだ。学んだことが消化吸収されて結実する、

秋を喜ぶ、それが心に許された報酬だ。そういう形のやり甲斐があっても良い。

苦しいこと、苦しむこと、息切れしている中で迎える坂道だけを「やり甲斐」と

数えてしまったら、その他の一体何処でゴール出来るというのだろうか。

何度でもゴールして何度でもスタートを切るのがプロのランナーだ。

ランナーズ・ハイがなかったら、走ることそのものが一向に愉しくないのなら、

彼らは自ら舞台から去るのではないのか。他にいくらでも道はあるのだから。

 

僕は、上がりかけた舞台を降りるのに恐怖するような人間にはならない。

生きるか死ぬかで、呼吸はきついこと。

けれど偶に降る天気雨を舐めて生きている。そうやって、そうやってだ。