いつかまた公開する時に備えて、

現段階においては不要の、言い訳か照れ隠しじみた前置きをすると、

感傷的にはなっていない。

 

過去は何もしてこない、先生は言ったけれど、

過去の発する声のシャワーに、今日も泣いた。泣きながらギターを弾いてた。

唄の練習をする時間が差し迫ってきて、

それは感情のコントロールを要するものだったので、

練習としての唄を歌うのかどうかを迷った(歌わない法はなかった)。

気分転換。

降って湧いた言葉。日頃の僕は、やるか、駄目になってしまうか、

そのどちらかから選択している。だから、

自分で思い付いた癖に、他人に知恵を貸されたような気持ちがした。

”その人”の音楽を聴いた。作曲者本人の唄が当てられた音源。

 

震えたのは、その歌声の評価し難い仕上がりのせい。

心が籠っているのかどうかも解らない。それでも歌いたい、というよりは、

もう自分しか使うものがない、それでも音楽にしがみついている、

そんな弱々しい、決意とも本人には認められない、ただの在り方。

 

錆びた情緒が軋み、動き出す音を聴いた。