必然と猫

図書館へ行った。CDを三枚選んで、詩集の本棚に向かうと、

「きみはにんげんだから」というタイトルと目がかち合う。

表題作があるのかなと、目次を捲っても同じ題名のものはなくて、

では、何となく気になった作品で味見しようとしたら、

偶々その作品内で「きみはにんげんだから」のセンテンスと出遭った。

その偶然が気に入って(勿論、中身も気に入って)貸し出し口に連れて行く。

すると受付の人に、図書カードの期限が切れています、

身分証明証がないことには新規発行が出来ません、

またいらして下さい、と言われた。

借りる予定だった物らの片付けを頼んで、手ぶらで図書館を出た。

詰まらなくなったので、少し回り道になる帰路を選んだ。

普段は使わない歩道橋の階段を上り、十字路の上空で輪を描くその美しさ、

モダンなデザインの赤い手摺りに見惚れていた。

時刻は夜に及んだ頃。きっとここから俺の未視感は始まったのだろう。

そうだ、猫に会おう、と、

何故だか会えることが決まっているかのように道を進んだ。

途中、前に見た夢の中で邂逅した、真紅の猫のことを思い出す。

ビロードのようにするするとした手触りの、美しい猫。それから、

何かを考え考え歩いていると、遊具のない小さな公園に出た。

そこは既に馴染みの光景だったが、先の未視感の上に、

闇に落ちた影の一つゝゝが猫のように思えて、

こちらが歩んでいるから揺れて映るのか、それとも向こうが動いているのか、

よく疑いながら、用心深く公園の内側を注視した。

―――いた。二匹の猫。

何処か懐かしい橙色の、弱々しい街灯の真下に一匹、

そこにもう一匹が近付いて。

どうやら二匹の間で無言のやり取りが交わされたらしい、

明かりを独り占めしていた猫と山から出てきた猫との立ち位置が入れ替わる。

すると新しい顔の猫が更に一匹、また一匹。

俺は通り過ぎそうになる身体を止めて、見学を始めた。

馬鹿みたいに立ち尽くしている俺で気が付いたのか、

素通りしかけたカップルもそのツアーに加わったようだ。

最終的に、猫は五匹になっていた。皆が皆、不思議な距離をとっている。

と、後から来た猫が、街灯の下へゆっくり寄ると、

今し方そこに座ったばかりであった猫の上に、前足二本で軽く伸し掛かった。

肩揉みでもしてやっているような光景であったが、

所謂マウントポジションだったのだろう、乗られた猫は席を譲り、

またしても後から来た者にその場所が与えられる。

そうして、暫しの沈黙。動きがないためか、ここでカップルは去ってしまった。

一方の俺は、これが猫の集会なのか、と思って、

相も変わらないでじっと見続けた。

何分が経っただろうか、一匹ずつ、綺麗に、別々に散っていく。

遂には特等席の猫もいなくなった。

俺はそこで、この公園はどんなに良い所なのだろうかと、敷地に入ってみた。

曲線状の水路に沿って見て回っていると、ベンチの下にまた猫を見付けた。

当然、猫はその場を後にしたが、

それは申し訳ないことに俺が行こうとしているのと同じ方角だった。

枯れた水路にぬるりと降りたのを確認して、

過去に二度は体験した「ああなると猫は消える」を信じて、

自分は人間らしく小橋を渡って水路を後にしようとした。

ところが、小橋の半ばでふと傍らの茂みを見ると、そこにいるではないか。

目の前は人間の往来だ。このような五月蠅いところで寛げるのだろうか。

俺はちょっと気になって、猫から1mも離れていない小橋の上にしゃがみ込んだ。

野良猫は人間の友達ではないから、

大概はこうした態度をとると自ら居なくなる。

けれども、その猫はこちらをちらと一瞥するだけで、

特別な警戒をしてこなかった。

俺は猫からお許しが出たと善意に捉えて、

でもあまり猫には視線をやらないように、

猫と同じくらいの高さから人間を観察することにした。

住宅街に囲まれた歩道であるから、人の行き来は絶え間ない。

猫の耳の動く方に、自然と俺の顔も向いた。俺は猫みたいには小さくないから、

出来るだけ人の死角にならないところに座り直した

(隣の猫は茂みに紛れているから、俺は間違いなく動機のない不審者だった)。

そうしていて気が付いた。俺は、人目はどうでも良いものとしているけれど、

ここからすくっと立ち上がって突然に往来に参加するのは不自然だ。

人の流れが切れたのを見計らって、行こう。

それから10分はそうしていただろうか、跫音が減ったのを期に、

猫に一礼をして、いつもの道に戻った。

それは何だか不思議な心地のする瞬間だった。

今まで猫の気持ちになって辺りを探っていた俺の前後の時間というのは、

そいつを全く知らない人々にとっては、初めから有り得ない時間なのだ。

彼らの真似をして堂々と歩き出してさえしまえば、

立派にただの人間になってしまえる。その違和感。

俺、さっきまで、猫だったよなあ。

そんな錯覚にふわふわしながら、帰宅した。