藤原基央さん、そして親愛なる皆へ

誤解を怖れないで言うと、
何をされたら人は喜ぶのかを俺は貴方の涙から教わったらしかったです。
貴方は泣きながら唄を歌っていて、そのことを伝えるために、
辛い想いを堪えてでも傷を抉りながら、血を吐きながら、
唄を書いてきたのだと思います。

俺にはおおよその人がそうされて喜ぶことで喜べる感性が少し
(或いは相当に)欠如しているから、
真似をするしかありませんでした。今もそうです。
だからとても残酷な人間でもあります。
でも、一緒に痛みを覚えることなら出来ます。
同調は好んでしていいものではないらしいけれど、
共感出来るだけの人間性がない俺には、その人の気持ちになって
一緒に泣いたり苦しんだりすることしか選べないみたいなんです。
時にはそうやって人で遊ぶことも、人を弄んだりしたこともありました。
でも相手が傷付いただけ、自分も磨り減り、疲弊しました。

貴方は言っていました。寂しさを覚えられなくなるのが一番怖いって。
俺には唯一、それが分かりませんでした。
言わんとしていることは分かります。
そう思っているであろう人を沢山見てきたからです。
その一方で、愚かな生き物にはなりたくないけれど、
人を食べる化け物にならなっても構わないし、
実際、そんな一面を自覚さえしています。
そんな俺が今、急激に寂しくなってきている気がします。
病状からそうなったことは過去に一度だけありました。でも正常な時、
自我で覚えている範囲の時間内には初めて起きたことです。

俺は貴方と正反対に、寂しくなるような自分になることが怖いです。
独りで生きていかなくちゃならないから。
でもその覚悟は、病気や問題児気味の性格のためにしたものではありません。
俺は人と共に、人の中で生きていたいんです。
本当は向いていないから、せめて人の中で、人らしく振る舞いたい。
俺は元気で、いつも独りで、
だからいつでも来てくれて良いんだよって、皆に言っていたい。
限界があることは分かっています。そもそも俺はとても弱いです。
だけど、だからそいつを誤魔化すためにも、皆の中で、誰のものにもならないで、
心を何かに囚われないように、自由を気取っていたいんです。
救いたいとか役立ちたいとかそんなことはどうでもいい。
ただ俺は、多くの人に少しずつ助けられていたい。
決して誰か一人に支えられるようなモノにはなりたくない。

だから寂しさなんか要りません。今とても幸せなんです。
これ以上のものは要りません。
備えていかなければならないものは多くあるけれど、
もう輸血をされる気にはならない。
人の幸せに同調することで、幸せを我が事にしていきます。
これからも、そうでありたいです。