ゼリモン、ココモン

今日はデジモンの話。

グミモンとチョコモンの前段階のデジモンがタイトルにあたる。

 

デジアド02の夏映画のラストでデジタマが描写されているものの、

その一年後にあたるドラマCD「夏への扉」にチョコモンは描かれていない。

また、映画でのそのデジタマのシチュエーションが

「いつか貴方が気が付く時、私達はいつでも再会しましょう」といった、

正にスタンド・バイ・ミーな、

「常にそこにいるけれど、それは同時にいないことでもある」

という解釈にも通じるものだったから、

ひょっとしたら一生チョコモンが孵らない未来も十分に考えられる。

でも、その余韻が良いんだよね。と、そんな気持ちのまま、

この作品と映画館で出会ってから15年の時を経ようとしていた。

そうして、あれから14年目にして、とある疑念が浮かぶ。

「もっと根深い問題があるんじゃないか?」

グミモンとチョコモンは双子で、同じ卵から孵ったデジモンだ。

グミモンが誕生している今となっては、チョコモンが生まれ変わることは

有り得ないのではないか、と。

鑑賞当時でも思い至りそうなことを、

あの感動に目が眩んでずっと見落としていた。それで、

グミモンの前形態であるゼリモン、そしてチョコモンのそれであるココモンの

デジモン図鑑を参照した。驚いた。

そのまま引用すると、

  なぜ、ゼリモンとココモンだけが双生児として産まれるかは、

  現在の段階では解明されていない。しかも、

  必ず双生児として産まれるとは限らず、

  ゼリモンとココモンそれぞれが1つのデジタマで産まれることもある。

有り体に言えば二卵性双生児を表現しているのだけれど、

これって、あの映画を忘れてはいないということ?

だとしたら、とても嬉しい。

それでも、もしかしたら孵るチョコモンは、同じ魂は備えていても、

別の肉体を持ったデジモンかもしれない。

魂が別で身体は同じよりましじゃないかって捉え方もあるにはあるが、

身体が違うということは、そこにこれまでの記憶はないということだ。

記憶は魂ではなく、脳に保管されている

(と、俺は考えている。手塚治虫のブッダで示されたような考え方)。

タケルのパートナーであるパタモンは転生したのではなくて、

バックアップデータを復元する形でデジタマに退化し、

そっくりそのまま生まれ直してきただけなのだから、

デジモンに“前世”の概念がないのだとすれば、こういう解釈が適当の気がする。

魂が同じでもあの頃のチョコモンじゃない。

でも行動原理は同じだから、ウォレスとグミモンが、何かの拍子に

「ああ、やっぱりチョコモンはチョコモンだ」と

二人で顔を見合わせてこっそり笑うシーンがあったり、

反対に、共有していた筈の思い出が失われていたりと、切なさ満載だ。

全くけしからん設定の映画である。

 

話変わって。

一番好きなデジモンとか、選ばれし子供とか、パートナーとか、

絶対に一つに絞れない。

ワームモンにはアニメ版キャタピーと同じ系列の萌えがあるし、

フォークモンはしっかり者で格好良い上に可愛げもあるし

(京は賢よりホークモンに任せたかったとか思ってしまう)、

ギルモンはでかい癖に可愛すぎて食べたくなる反面、最後に

「ヤクソクだね、タカト。楽しみだね、タカト」とか言い残して行くし、

光子郎はすげえ健気で優秀なのに等身大の子供してたし(その上ママが可愛い)、

ミミは我が儘かもしれないけどいざって時はびしっと決めるし、

丈は間違いなく一番成長して良いお兄さんになったし、

大輔は男が惚れる実直で人を馬鹿にしない最高の理解者だし、

伊織は自分の中の誠実と向き合って戦い続けた、それでも子供だし、

ウォレスとグミモン・チョコモンはもうその呼び名からして反則だし、

ジェンとテリアモンはバランスがとれててベストなパートナーやってるし、

・・・俺はどんだけデジモンが好きなんだ。

来春に放映される予定の新シリーズに、出来れば02のキャラも登場して欲しい、

そして無かったことにだけはしないでくれと願うばかりだ。

02のエンディングは賛否の否の声が大きいようだけれど、

俺はとても良かったと思うよ。大輔が主人公だったからこその終わり方。

カップリングとかそういうので気に食わないっていう人は、

二次創作で好きに暴れれば良いじゃない。

俺だって先月に連載終了したNARUTO

最終的な夫婦の組み合わせには若干首を捻っているしね

(と言いつつも来年(だっけ?)に放映されるNARUTO映画だけは

 劇場で鑑賞しようかと思っている)。

今年だった・・・いや既に上映していた・・・金が、ない・・・。

 

あとはどうでも良いこと。アニメ放映当時、

穏やかな時は可愛いが怒ると大口を開けて牙を剥き出しにするトコモンや

プルルモンとポロモンが好きだったあたり、

あの頃から鳥類に惚れ易い心の形をしていたのかなあ、

なんてことをふと思った。

治と賢の兄弟の由来はおかあさんといっしょにあるのかなあ、とかも。

・・・流石にないな。

 

自分が思っていた以上に長文になってしまった。ああもう・・・。