azatoi

Amazon.co.jp: TVアニメ Free!-Eternal Summer-キャラクターソングシリーズ 04: 音楽

「あざとっっっ」現実に(しかも独り言で)口にしたのは初めてだ。

女性キャラでもそう到達しない域に達していらっしゃる・・・。

Free!は一期を完走して、二期は一話か二話までしか観ていない。

議論の余地なくごーちゃんがいっちゃん可愛いけど、

敢えて男から選出するとしたら百太郎かしら。

性格は殆ど知らない。が、ノリの良い馬鹿キャラの気がする。

キャラクターの性別問わず、お馬鹿が好き。

肝心な時にシリアスモードに転換できない人も含めて。

 

特定のキャラクターを好きになる理由は、

大雑把に分類して二種類あると思っている。

一つは憧れ。もう一つは自分に近しい何か、或いはルーツを持っていること。

 

俺にとっての馬鹿キャラは前者。脳天気さに憧れているのではなくて、

馬鹿な自分を表に曝け出した上で愛される人間性に焦がれるからだ。

類似するところでまず、フジリュー太公望が挙げられる。

彼は知略に富んでいるけれど、第一印象として浮かんだ下らない意見を、

思い付いた自分を偽らずに恥ずかしげもなく露呈するところに

魅力があると思うんだ。勿論、他人を真剣に愛する情の深さ、

人を見捨てることの出来ない脆さも大好きなんだけれど。

それから、デジアド02の本宮大輔。

シナリオ、取り分け序盤における整合性の欠如から性格がぶれてしまったシーンも

多分にあるものの、彼のイメージ、本質は、

夏映画に凝縮されているものと勝手に考えている。

人のために涙を流し、一緒に悩み、愛されない人をも愛そうと努力する。

劇中では散々こけにされているにも関わらず、

そのことで人に反撃してトラブルを起こそうとしない彼は間違いなく頭が良い。

端的に言って、先に挙げた太公望と類型の人物像だ。

 

俺にとっての後者は、表向きあっけらかんとしているのに

その実深い闇を抱えているキャラクター。

フジリュー版楊戩、東のエデンの滝沢朗、ハチクロの森田さん

(こうやって並べてみると天才肌のキャラクターに共感しやすいみたいだ。

しかし間違いなく俺は天才ではない)。ただ楊戩は別として、

滝沢と森田には同族嫌悪(と錯覚している)も抱いている。

滝沢は自己犠牲が過ぎる。一度は咲だけの王子役を買って出るも、

全ての人を救う勇者として身を窶してしまう。

「朗」の名に相応しい朗らかさを苦もなく人に発揮しているようでいて、

結局は精神的に武装して周囲の願望を叶える役を演じている。

これはある種、自分を安く売っている売春婦のような行為であると思う。

森田も森田で、過去から形成されたちゃらけた自分、偽りの自分を保てずに、

はぐみに縋ってしまった。そこが良いのかもしれない。

不完全だから人間らしいのかもしれない。

ストーリーそのものも人生全体ではなくて、

青春という一過性の猶予期間をテーマにしているのだから、

あって然るべきシーンだとも思うことが出来る。

それでも、あの森田だからこそ、

あんな形で蹴りをつけることはなかった筈だと思えてならない。

・・・まあ、山田さんと交わされるやり取りで、

森田は「表向きは実は良い奴」というポジションを突き通せるものと

勝手に信じてしまっていた俺が愚かだっただけのことで、

論じるまでもなくキャラクターや作者に非はない。要は好みの問題。

さて、そこで楊戩だ。

漫画やアニメのキャラクターの中で、俺にとって最も共感し易い役柄の彼。

あの生い立ち、境遇ときて、マイノリティとは卑怯だよね。

何より、どうして彼には特別駄目出しをしないのかと言えば、

彼は尊敬する太公望や師である玉鼎を心から慕っていて、その本心を態度で示し、

信頼には応じ、窮地に陥れば彼らに甘えることが出来る人間であるからなのだ。

そこも含めて彼は完璧過ぎる。俺の考える人間の本懐に殆ど達している。

人間とは斯くあるべきだとすら感じてしまう(天才であることは除いて)。

楊戩と比較すると、滝沢にせよ森田にせよ、弱音を過剰に仕舞い込むから、

最終的に愛すべき友人達を不用意に心配させ、悩ませてしまう。

でもそこにすら共感を覚えてならない。

俺は出来るだけ伝える努力を始めたつもりではいるけどね。

 

・・・妙なことで本音を全力で綴ってしまった。寝よう。