Jane Birkin

ドラマで使われていたこの曲を長年探していた。

とは言っても、いざ探し出したらすぐに見つかったんだけど。

で、あれ? この人はもしかして・・・と思い至ったのが

 

ああ繋がった。彼女でした。Beckが可愛い坊やのようだ。

 

二次創作で書いている小説の都合で、銀河鉄道の夜を初めて読んだ。

宮沢賢治さんは注文の多い料理店と、

妹を悼んで綴った小品(叙事詩か?)でしか知らなかったのだが、

殊に後者から叙情的な印象を抱いていた。

マテリアルに向ける眼差し、絵を描いていそうな文体、幻想的な色合いと、

長野まゆみさんの作風と重なるところが大きいと思っていたら、

既に彼女は宮沢賢治さんを元に作品を書いていた。

また、宮沢さんも絵を描く人だった。

 

銀河鉄道の夜に関しては、読み終わってから「おや」と思って調べたら、

未完の作品なんだね。

宮沢さん自身、完成は永遠の未完であると考えているらしいけれど、

これは実際に、本当に終わっていない。

尻切れ蜻蛉というのもある。でもそれ以上に足りないのが、経過。

本来この終わりに向けて

もっと描かれても良かったようなことが入りきっていない気がした。

どうやら改稿の中で居なくなってしまった人物がいるとのことだった。

ただ、話の種明かしをする役目を負ったその人を取り戻しても尚、

足りなかったのではないかと思う。

本文を読んでもはっきりしないことがあるために

登場人物の心境が正確に察せないところと、話の粗筋とが相まって、

余計に寂しい終わり方だった。

それこそ銀河にぽつんと置き去りにされたような。

研究論文を書く人の気持ちに少し触れた思いだ。

 

カムパネルラの母について。

読んだ時は、さも生きているようにジョバンニが答えたのは、

彼もまた銀河鉄道の世界にいたからそう実感したのであって、

もし現世で同じ会話をしたら、死んでいるように言ったのではないかと思った。

そうしたら、ネットで見つけた他の見解に、

母はカムパネルラを追って死んでしまうのでは、というのがあって、

それも面白いなと思った。そうだとしたら、彼が車内で

みんなにとっての幸いについて考えていたことが、一層悩ましくなる。

とは言え、彼が行ったことがそのまま「みんなにとって」にかかってくるから、

もともと胸にくる言葉なんだけれど。

 

蠍の火について。

日頃からかわれるジョバンニを同情の目で見ているしかしなかった、

そしてザネリの命を救ったカムパネルラとだぶって映る。

目覚めたジョバンニが夜空に見たというところも、大変に記憶に残る。

 

カムパネルラの父について。

何だろうな。この人、とても優しい人だなと思ったんだ。

“あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね”と言うのが、また良い。

 

ジョバンニは今後、カムパネルラをどう片付けながら生きていくのか。

これが一番気になる。あの終わり方は、

自分の父親が帰ってくることの方が大きなニュースなのだと読めるから、

突然カムパネルラが忘れられてしまうんじゃないかと寂しくなるんだよね。

実際はそうではない筈だから、

後日譚か、名残りを惜しむような幕切れが欲しくなる。

先に名前を挙げた長野まゆみさんの少年アリスとか夏至祭とかみたく、

夢と現実が絶妙に噛み合った終わり方だったらな。

尤も、噛み合う訳がない話だ。

謎は謎のままにせよ、兎に角ジョバンニの考えが知りたい。